【体験談】仕事が辛い人へ…旅人看護師の私が「もっと楽しく生きる方法」を紹介♪

看護師です。仕事が辛くて、もう辞めてしまいたいです。
こんにちは!「看護師バックパッカー」のカサイチカです。今日は私が、病院看護師を7年続けてから、今の「自由な働き方」になった経緯を紹介します!

どうも、看護師をやめて旅人になったカサイチカです。みなさんは「もう看護師つかれたな、やめちゃおうかな」って思ったことはありますか?

3Kならぬ9Kと言われるくらい大変な仕事ですから、一回は思ったことがあるのではないでしょうか。実際に、わたしも患者の死と隣り合わせなプレッシャー、不規則な生活で身体はつねに疲れてしまって「辞めたい」と思うことが多かったです。

それでも楽しいと思えることもたくさんありました。やりがいも感じていたし、同僚たちと患者の個別性をかんがえてケアすることが本当にたのしかったんです。看護師はツライけど、わたしにとっては大好きな仕事でした。

なのに、わたしは看護師をやめることを決めました。

その理由は「看護師の世界しか知らない自分にこわくなったから」です。

看護師とどう向き合ったらいいか、悩んでいる人はたくさんいると思います。この記事では、看護師をやめたきっかけと、旅人になった経緯を紹介していきます。「これからもずっとこうやって働くのかな」と悩んでいる人に参考にしてもらえると嬉しいです。

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5年一貫の高校に通って看護師になった

わたしは中学2年で看護師になることを決めました。「看護師になりたいな~」というフワフワした感じではありませんでした。20歳になってすぐ、看護師として働く生活がスタートしたのです。

循環器科で6年働いたのに、自分の世界の狭さに驚愕した

5年一貫のコースで看護師になると、100%最年少で働くことになります。いま思えば、社会人の自覚もないただの子供が背伸びして働いているような感じです。

周りから「若いねぇ」と言われれば言われるほど危機感を感じて、置いてかれないように必死に勉強したのを覚えています。

循環器科という過酷な現場だったので、年上の同期たちはどんどん辞めていってしまいました。それでもわたしは「辞める」という選択肢が浮かばないくらい必死だったんです。気がついた頃には、同期は全員やめていて自分だけしか残っていませんでした。

いちばん心配されていたであろうわたしが、同期がみんなやめたあとにリーダーとして上に立つようになるなんて、想像もしてなかったです。きっと周りのスタッフも同じだと思います。笑

でも、そんな中で気づいたことがありました。「わたしは普通教科の勉強も半分しかしてなくて、看護師しかしらない。看護師の知り合いしかいない。なんて狭い世界で生きてるんだろう」と。

仕事を完全に覚えて、余裕が出てきた4年目のことでした。いくら仕事がたのしくても、このままずっと狭い世界で生きて行くことのほうが不安になったんです。それでも仕事がたのしかったから、「このままでもいいんじゃないか」と考えることはありました。

でも、いつか結婚して、子供ができたとき、自分が教えられることってどれくらいあるんだろうと思うと、新しい世界に行くべきだ!と思ったんです。そして、たくさん考えてワーキングホリデーやバックパッカーとして海外に行くことを決めました。

そのために貯金もして、しっかり計画も立てました。看護科の道にすすんだときのようなワクワク感がたまらなかったのを覚えてます。

上司にも退職してやりたいことに向かうことを伝え、数ヶ月後にやめることが決まりました。あとは、残された仕事を全力でやるだけ!というときに腰椎ヘルニアが悪化して手術を受けることになったんです。

腰椎ヘルニアで手術をしても諦めきれなかった旅

生まれつき足が悪かったことと、看護師の重労働がかさなって腰椎ヘルニアが悪化しました。左足は痺れを通り越して激痛。まともに歩けなくて、入院して車椅子を使うくらいでした。

無事に手術は終わったけど、トラウマになるくらいの痛みのせいで働くことがこわくなって、そのまま退職。もともと海外にいくために辞める日は決まっていたんですが、続けられなくなってしまいました。

急な退職で当時の上司やスタッフには、本当に申し訳なかったです。退職後は、数ヶ月療養して地元の病院へ転職しました。
身体の調子をみながら、ムリのない程度で仕事をスタート。

もう海外に行くのは無謀かな…と何回も諦めかけたけど結局あきらめきれなくて、貯金をしつつ、海外へ行く計画を立てました。そして1年働いて地元の病院を退職。

ついに、自分で自分の人生を切り開く瞬間を迎えました。

旅をしながら、たまに派遣看護師として働く生活

仕事を辞めたらやりたいことを全部やるつもりでした。まずは日本縦断旅、そしてヨーロッパ旅、それからワーキングホリデー。

ずっと夢見ていたことなのに、実際に外国という未知の世界に飛び出してみたら、こわくて泣いたこともあります。心細くて、何度も何度も日本に帰りたいと思いました。

それでも今までにない経験をすることが新鮮で、成長している実感がたまらなかったのです。もう自分の価値観が壊れる衝撃の虜でした。

約半年かけて色んな経験をしました。海外に出てくると「もっとたくさん経験したい!」と思ってしまい、予定を変更。本当は日本に帰国して、また看護師として働く予定だったんですが2カ国目のワーキングホリデーに行くことにしました。

とりあえず、準備のために一度日本へ帰国。次の予定までは、看護師の派遣サイトに登録して、今までとは違う形で看護師として働きました。

それはそれで衝撃。

今まで白衣を着て、常に神経を尖らせて、いろんなプレッシャーと戦いながら働いていたのに、派遣で行った現場はわたしの知ってるような看護師の仕事じゃなかったんです。

ときにはジャージを着て、運動してる小学生を見守ったり、高齢者のリハビリの指導をしたり…命の重圧とは無縁なしごとでした。

みんなニコニコしていて、楽しそうに運動している姿をみていると、こっちまで楽しくなる毎日でした。この経験からわたしのワークスタイルがかわったんです。

日本に帰れば派遣の仕事をする。

お金が貯まったら海外に旅に行く。

そして海外で働く。

看護師とは思えないけど、看護師だからできること。看護師免許を最大限に使って生きてみようと思ったんです。

看護師が好きだから、キライにならない距離で働くスタイル

わたしは看護師の仕事が好きです。とくに退院前の指導で患者とゆっくりお話するのが好きでした。

バタバタと慌ただしい仕事をするなかで、患者自身が気をつけられることをわかりやすいように噛み砕いで説明する時間が、病棟看護師として最後にできる大切なことだと思っていたからです。

でも夜勤や残業でしんどかったのも事実。このままだと看護師をキライになりそうだと思ったことも何回もあります。だからわたしは看護師をキライにならない距離感で続けていくことを選びました。

それに、やっぱり旅が好きなんです。仕事をしているから好きなことを諦めるなんて辛すぎます。看護師の資格はよっぽどのことがない限り剥奪されません。

いわゆる「安定」ってやつです。

国家資格があるからこそ、時には休んだり、リフレッシュすることができる。だっていつでもどこでも再就職できるんだから。自分の生きたいライフスタイルに合わせて、ワークスタイルを当てはめるのも、看護資格があるメリットだと思いませんか?

看護師は看護師の資格を最大限につかってこそ楽しさがあります。もしあなたが仕事について悩んでたら働き方を見直してみてはどうでしょうか?